2026年7月24日金曜日

セッション6

奇襲の原則


奇襲とは、「敵が準備していない時間、場所、方法で攻撃する」事です。

 

不意を突く重要性:敵にこちらの計画が知られていると、敵が有利になります。スピードと欺瞞(相手を惑わす事)は勝利に不可欠です。イエスも十字架の死によってサタンを「待ち伏せ」し、奇襲の原則を使われました。

 

敵による奇襲の防ぎ方

 

敵は私たちを動揺させ、バランスを崩させる為に、直前での予定の衝突、妨害、気まずい状況(証しの最中に、相手から予想外の告白をされるなど)を仕掛けてきます。

 

教会での礼拝中にも、音響のトラブル、有名人の遅刻、重病人の来客、悪霊の現れ、さらには「ハエ1匹の侵入」など、あらゆる手段で「神の言葉」から人々の視線を逸らそうとします。

 

対策

 

「今すぐ行動する(即座性)」: 「適切な瞬間」を霊的に待つのではなく、機会があれば(あるいは機会を自ら作って)すぐに御言葉を語り、祈ることです [07:19]

 

「動じない訓練(Unshakable)」: 役割演技(ロールプレイング)などで突発的な事態に備える訓練をし、問題ではなく「解決(神)」に常に焦点を合わせ続ける必要があります。

 

クリスチャン側の奇襲の使い方:予定を立てずに、必要のある人を見かけたらその場でランダムに(あるいは毎回)祈る。または、日常会話から始めて相手が乗ってきたらすぐに霊的な話題に切り替える(イエスが井戸端の女性にされた方法)事で、敵に防御の隙を与えず捕らわれ人を解放できます。

 

攻撃の原則

 

攻撃とは、「主導権を握り、それを維持し、活用すること」です。

 

防御ではなく攻撃:霊的戦いは、敵の攻撃をただかわす(防御する)のではなく、敵を打ち倒す(攻撃する)ものです。敵が攻撃をやめたからといってこちらも止めるのではなく、敵が二度と攻撃できなくなるまで叩くのが攻撃精神です。

 

信仰とは「勇気」である:聖書における信仰とは、御言葉に立って歩み続け、行動し続ける勇気そのものです。

 

教会の誤った姿勢への指摘: 現代の多くの教会は、地獄の門から攻め込まれていると思い込み、自分たちの殻にこもって防御に必死になっています。しかし聖書は「黄泉の門(地獄の門)も教会には打ち勝てない」と教えており、本来は教会側が地獄の門を蹴破って攻め入るべき(攻撃側であるべき)なのです。

 

具体的な霊的攻撃のステップ:

 

敵の働き(病気、縛りなど)に対して攻撃的な態度・心構えを養う事。

 

敵(病気や問題)を発見したら、深刻かどうかを見極めようと待つのではなく、即座に攻撃(イエスの名によって祈る・命じる)する事。

 

これらを毎日実践し、実演し、教える事で、敵の働きを継続的に攻撃破壊し続けます。

 

結論:カリーは、敵の仕掛ける小さな妨害や奇襲に動じない強さを身につけ、常にこちらから主導権を握って敵の領域(病や悪霊の縛り)に攻撃を仕掛け続けるクリスチャン(兵士)になるよう促しています。


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