「集中の原則(Principle of Mass)」の定義
目的を達成する為に「十分な力」を投入する。
信仰の戦いは本物の戦争であり、神は私たちが勝利する事を望んでいます。神の味方であるならば、私たちは敗北するのではなく、既に敗北している敵に対してその敗北を執行する役割があります。
敵が仕掛けてくる「集中の原則」
敵は個人や教会に対して、この原則を悪用して攻撃してきます。
個人への攻撃:敵は様々なエリアから一斉に猛攻撃を仕掛け、ターゲットを圧倒しようとします。
サイン:「諦めたい」という強い感情、絶望感、無力感、うつ、心配、パニック障害などが生じます。
対策:防御に回っては絶対に勝てません。常に「攻撃、攻撃、攻撃」という攻勢に出る必要があります。こちらが攻め続けて敵を後退させれば、仮に攻撃を受けてもダメージは受けません
。
教会(全体)への攻撃:敵は教会に多くの小さな問題(火事)を同時に発生させ、対処しきれないようにします。
集会やカンファレンスの直前に多くの人が体調を崩したり、乗り物や機材が故障したりするのは典型的な攻撃です。
クリスチャンが使うべき「集中の原則」
クリスチャンは数(人数)で敵を圧倒できなくても、「言葉(神の言葉・命令)」によって敵を圧倒する事ができます。
霊的なマシンガン: 神の言葉を矢のように次々と口から放つ事で、敵を常に防御一辺倒に追い込む事ができます。敵は放たれた言葉の全てをブロックしなければならない為、疲弊します。
共同体(チーム)での祈りの戦い
教会やチームで「祈りのキャンペーン」や「24時間祈祷」を行う事は、強力な集中の原則の適用です。
空爆としての祈り:実際に現場に足を踏み入れる前に、祈りによって「激しい空爆」を行い、敵を弱体化させておく(抑圧射撃)事が重要です。
実生活での実践: 学んだ事を単に知識として蓄えるだけでなく、すぐに実践(行動)に移す事で、言葉に霊的な「権威の重み」が生まれます。
勝利に必要なもの:「情熱」
馬の例えを用いて、若くて強い馬たちに勝ち続けた老いた馬の話がされます。勝てた理由は「諦めない心」があったからです。
霊的戦いにおいて、肉体が「ストップ」と言っても、それを超えて進み続ける「強い心」を育てる事が不可欠です。
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