*ここに紹介されているセミナーのセッションは、セミナーの中でカリー・ブレイク氏が語った全ての言葉を訳したものではありません。一部省略したものや訂正されたものがあります。省略したものは、教えの内容とは殆ど関係のない余談、各種のアナウンスや祈りなどがあります。訂正されたものには、同じ言葉の繰り返しや、遠回しな表現を簡潔に言い換えたものがあります。このDHTT(神癒技術者訓練)セミナーの完全版は、www.divinehealing.jp にて読む事ができます。
DHTT セミナー 2006年アメリカミネソタ州ダルース市にて
ある人々には、DHT(神癒技術者)の訓練は少し受け入れにくいかもしれません。何故なら、これから教える訓練はとても好戦的だからです。「好戦的になる」という事は「大胆になる」という事です。乱暴になるのではなく大胆になるのです。乱暴になる事は聖書的ではありません。しかし、大胆になればなる程、より好戦的になります。そして、好戦的になればなる程、より癒しが起きます。私はイエスが戦士である事を学びました。一般に、私達が抱くイエスのイメージは弱々しいものになっています。多くの教会は、子羊としてのイエスが再び戻って来るのを待っていますが、イエスは子羊としては戻って来ません。彼は鉄の杖を持って、戦士として支配する為に戻って来ます。私達は彼が現われた時には、彼に似た者になると聖書は言っています。それなので、私達は戦士になります。単純ですね。癒しについて学んだ事のある人はご存知の様に、出エジプト記15:26には神様が癒し主である事が書いてあります。しかし、同じ出エジプト記の15:3で、「主はいくさびとである」と書いてあるのを知っているでしょうか?ある聖書の訳では「主は戦う者」です。私達が理解しなければいけない事の一つは、イエスのした事は始めから終わりまで戦いだった事です。彼の行った癒しは戦いでした。それは神の国が暗闇の王国を攻めたものでした。私達が学んできた事は、私達が好戦的になればなる程、戦士の様になり、より癒しの結果が出ます。私が伝えたい戦士のイメージを説明する為に、少し私の経験をシェアしたいと思います。ある集会で一人の赤ちゃんがいました。その両親と話していて、その子を抱いても良いかと尋ねました。彼らは「いいですよ」と言ったので、その子を抱きました。私がその子を抱いている間に、その子は寝てしまいました。そうこうしていると、説教をする為に戻る時間になりました。その子をどこかにおいて寝かせようとすると泣き出したので、私はその子を抱いたまま歩きながら、45分間の間、教えました。その後に私は神と話しました。「どこまで、私はこの様に好戦的なスタイルで教えるべきでしょうか?どこまで、その様な強い姿勢で教える事ができますか?」私は、普段は幻などを与えられる人ではありませんが、主は私に一瞬幻を見せてくれました。
それは、主が私にどこまでそのスタイルを持って進んで欲しいかについてでした。どの様に、キリストの福音を宣べ伝えて欲しいかについてでした。神が私に与えた戦士のイメージは、片手には剣を持ち、もう片方の腕では赤ん坊を抱きかかえているというものです。主は「バランスを保ちなさい。そのバランスとは誰も傷つけないで、赤ん坊を抱きかかえる事ができるくらいに柔軟であり、それでもって剣を自由に振り回す事ができるものです」と私に言いました。それ以来、私はそのバランスを保とうと苦労して来ました。私の話を聞いて、そのバランスを見る事ができる事を願います。では、まず私達がどの様にしてミニストリーを始めたかについて話したいと思います。多くの人々が、私達がどの様にしてジョン・G・レイクミニストリーを知り、それを引き継いだのかを知りたがります。このミニストリーは 1987年にレイク氏の娘の夫、ウィルフォード・レイドから渡されました。その当時に彼と関わっていた多くの人々は、ジョン・G・レイクミニストリーが私達に渡された事を気に入りませんでした。そのうちの何人かはそれについて議論しようとしましたが、私達にミニストリーが渡されたのはレイク氏の預言があったからです。その預言は彼の死後、彼のミニストリーを受け継いで続けていく人についてでした。ところで、もし私達の集会に来た事がある人やメッセージなどを聞いた事がある人は、私はレイク氏の油注ぎを主張しないと知っていると思います。それを主張しない理由は、私はそれを欲しいと思わないからです。それが第一の理由です。次に、私はそれを必要としないからです。私はイエス・キリストの油注ぎを持っています。彼の油注ぎは、誰の油注ぎにも勝っています。ある人々はレイク氏が住んでいた家を訪れます。彼の家は未だに残っていますが、それは何度も売られたり買われたりしてきました。その家の中を歩いて、木の板などをこすって、ジョン・G・レイクがそこにいた頃から残っている油注ぎを取ろうとする人達もいます。それは馬鹿馬鹿しい事です。ジョン・G・レイクの後にも他の人がその家に住んでいたのです。だから油注ぎがあったとしても、どの様な油注ぎを得るか分からないでしょう。私は油注ぎに焦点をおき、それを強調はする事はしません。むしろ、責任を強調したいと思います。虐げられている人達を自由にする為の責任を強調します。何故かというと、もし私が行う癒しが特別な油注ぎによるものなら、皆さんは私と同じ事はできません。しかし、私は信仰と神の言葉によって癒しを行っているので、皆さんも同じ事をする事ができます。私にとって祝福だったのは、数年間レスター・サムラル氏のもとで学べた事です。サムラル氏はりんごの木がりんごの木であると知る為には、名札や肩書きは要らないと言いました。では、どの様にしてりんごの木が、りんごの木であるのを知る事ができるのでしょうか?その木の実を見れば一目瞭然です。多くの人々は、肩書きを付けて歩きます。ダラスにいる時に、友人がやって来て言いました。「カリー、私と一緒に来て下さい。預言の集会があります。一緒に行きましょう。」私は彼の誘いに同意して、ハイキングシューズとジーンズをはいて、セーターを着てその集会に行きました。人々に好印象を与える為のドレスアップはしませんでした。
その集会には、私の車よりも高価なスーツを着ている人達がいました。彼らの胸には「預言者~、使徒~」という様な肩書きがありました。ある人が私に握手して言いました。「私は預言者~です。あなたの名前は何ですか?」私は彼の顔を見て言いました。「もしあなたが本当に預言者なら、私の名前を当てる事ができるでしょう。」私の友人はそれを気に入らなかったようです。彼がこう言ったのを覚えています。「カリー、お前とは何処にも行けないよ。」私が興味があるのは、肩書きよりも実力です。誰でも名札をつける事はできますが、神の御霊は実を実らせます。私達は、よく教会でもてはやされる油注ぎについては細かく教えません。私は責任について語ります。私は誰かに手を置いて何かを分け与えるような事はしません。何故なら、私はもう既に皆さんが持っているものを与える事ができないからです。これから私のしようとする事は、全てイエスを信じる皆さんが既に持っているものが何であるかを気付かせる事です。油注ぎを売ろうとする人も沢山います。私はそんな事はしません。ある人は、何故私がこんな事を最初に話しているのかと疑問に思うでしょう。それは、皆さんが時間を無駄にして欲しくないからです。もし、私の話している事が気に入らないなら、無理にこの訓練を受ける必要はありません。私は神の御言葉を求め、それを実行し、捕らわれている人を自由にする人を捜しています。新しい組織やプログラムには興味はありません。どれだけ私達は、それらの為に気が散らされたり横にそれたりしてしまっている事でしょう。実際そんなものは全く重要ではないのです。それらは全て私達を高ぶらせて、自分は誰か特別でもないのに、特別な人の様に思わせたりします。
聖書は言っています。賜物を持っていると言って誇っていても、それを実際に持っていない人は雨を降らさない、雲や風のようだと。誰でも舞台に立って上手い話をして聴衆の反響を起こす事はできます。しかし、実際には雨だけが命を生むのです。誰でも口先だけの人にはなれますが、その人は本当に実を結ぶでしょうか?それが重要な事です。ジョン・G・レイクはよく、神の人は自分の意志によって、いつでも、どこでも、神の御霊の力を現す事ができるべきだと言いました。私はよく人々が「私は神が現われるまで、座って待ちます」と言うのを聞きます。そんな人にお知らせがあります。神は彼らが待つ前から彼らの内にいます。イエスは、癒しを行う上での失敗の理由は2つしかないと教えています。一つ目は不信仰で、もう一つは人による言い伝えです。多くの人が、何故、癒しを受取る事ができないのかと考えます。答えは簡単です。私達自身が、癒しには障害があると信じているからです。私達は人生の中で罪があっても癒されます。それは私が経験済みです。又、私達が罪を犯していても他の人を癒す事もできます。よく、どの様な癒しの方法が一番良いかと質問されます。答えは、あなたが信じる方法が一番良いのです。私も以前は油注ぎについて勉強していました。他の人々が油注ぎにとても重点を置いているのを聞いていたからです。彼らはよく言いました。「その分野の油注ぎは私にはありません。」
私がサムラル氏と一緒にいる時に、スミス・ウィグルワースについての幾つかの話を聞きました。そのうちの幾つかの話の中で、彼は病人を癒す為に病人にパンチをしたという事です。時には彼は人々を蹴りました。彼は一度、赤ん坊を講壇から蹴り落としました。人々がその子を受け止めた時には、その子は癒されていました。こういう話を聞いて多くの人は言います。「彼の油注ぎは特別なものでした。」いいえ、違います。それらの方法は、彼が信仰を持っていた癒しの方法でした。ある人は、「では、どの様にして彼みたいに、そんな暴力的な方法の信仰を持てるんですか?」と聞きます。それは、彼が若い頃に盲腸炎を患っていた話から来ています。ある女性と男性がスミス・ウィグルワースの為に祈っている間に、突然、その男性はウィグルワースの腹を、盲腸のある所を殴りました。そうしたら、彼は瞬間的に癒されました。それ以来、腹の病気や問題がある場合、彼はおなかを殴りました。そして病人は癒されました。それは油注ぎではありません。神は腹にパンチするようにウィグルワースの耳元でささやきはしませんでした。それは彼が信仰を持っていた方法でした。彼がパンチした時に彼は信仰を働かせて、力が解放され人々は癒されました。もし、その様な信仰を持っているならすばらしい事です。スミス・ウィグルワースの例は私達の思考、つまり、考え方の重要性について教えてくれます。この事については後でもっと詳しく話していきたいと思います。
セッションを教えていくにつれて、私の人柄についてもっと分かってくると思います。私がこの様に好戦的である理由は、今まで多くの人々が死んで行くのを見て来たからです。多くの病人を見て来ました。私自身の人生でもそうでした。私には血管腫を持って 1978年に生まれた娘がいました。血管腫とは、沢山の大きな血管から成る塊です。その腫瘍は私の拳の大きさでした。普通でなかった事は、今日に至るまでも彼女だけが唯一、舌に血管腫を持って生まれてきた子でした。その腫瘍は、まるで蛇の入った袋のようでした。血管が中に透けて見え、それらの血管は心臓の鼓動に反応して震えました。それは深い紫色でした。彼女が生まれた時、私達は驚きました。彼女が生まれる前には、それは彼女の舌にはありませんでした。彼女が生まれるまでは、全てが完璧でした。しかし彼女が生まれた瞬間、その腫瘍はそこにあったのです。彼女が生まれた時、彼女の舌は口から飛び出していました。彼女は舌を口の中に戻す事は出来ませんでした。それは見るにも酷いものでした。彼女は私達の娘だったので、もちろん愛していました。それでも、一般の人には、とても酷いものでした。私の妻の祖母は、彼女の舌を隠す事ができる、留め具のついた小さな帽子を作りました。それは彼女を公共の場でも、人々がじろじろ見ない為です。それでも、人々は彼女に眼をやりました。私達がモールに彼女を連れて歩いている時には、彼女はその帽子を取る時がありました。その時には、人々が反応するので分かりました。正直言うと、人々は時にはとても残酷になります。私達はいつも彼女の舌を潤していなければいけませんでした。もし舌が乾くと、それが割れて出血するからです。
医師は、彼女は病院を離れて5分も生きる事はできないと言いました。一度出血したら、全ての血液を失ってしまうからです。その当時、私達は田舎に住んでいました。彼女が成長するにつれて、歯は生えないだろうと思いましたが、歯は生えました。その歯は舌を切ってしまい、彼女は出血死してしまいそうになる事がよくありました。私達が朝起きた時には、彼女の部屋が血に染まっていました。それは歯が舌を切ってしまい、血を吐き出していたからです。私はあれだけ出血してまだ生きている人を見た事がありません。彼女を掴んで、タオルか何かを彼女の舌に当てて病院へ向かいました。その間ずっと異言で祈りました。病院に着く前にまだ傷の様なものは残っていましたが、血は止り癒されていました。3回程、この様な事がありました。腫瘍は小さくなっていましたが、決してそれを取り除く事はできませんでした。2歳3ヶ月になった途端に彼女は両方の肺の肺炎を発症しました。その晩、医師を呼んで何が起きているのか聞きました。彼は言いました。「心配しなくてもいいでしょう。恐らく、舌を噛んでいるのでしょう。熱を下げる為に、温度を低くしてあげて下さい。そうすれば良くなるでしょう。明日の朝に、病院まで連れて来て下さい。」しかし、次の日の朝に娘は亡くなりました。私は全ての著名なミニストリーに電話をしました。多くの人が知っている癒しで有名なミニストリーです。彼女が亡くなったのは1981年でした。私はそれらの人たち全てに電話しましたが、誰とも話す事さえできませんでした。彼女は1981年の2月13日に亡くなりました。私達は次の日に彼女を埋葬しました。彼女をすぐ埋葬した理由は、医師達はその腫瘍がどんな影響を及ぼすか分からなかったからです。その次の日、バレンタインデーにテキサス州のマッキニーに埋めました。それはダラスの北にあります。その時、私は墓の前に立って彼女の小さな白い棺桶が埋められるのを見ながら、神に誓いを立てました。私は言いました。「神よ。私が必要とした時には、助けてくれる人は誰もいませんでした。でも、もしあなたが私に教えてくれるなら、私は他の人たちの為にその様に助ける事ができる人になります。」その日以来、私は癒しをさらに学び求め始めました。私はその当時のベストな人達から学び、スミス・ウィグルワースやジョン・G・レイクといった人々を見つけました。スミス・ウィグルワースは興味深い人でした。何故なら、彼には奇跡や超自然的な現れ等があったからです。しかし、彼は決して自分と同じような弟子を生み出す事はしませんでした。癒しを学ぶにつれ、何事についてでも一番良く知っている人は、自分自身と同じような人を訓練して、輩出できる人だと気がつきました。それで、ジョン・G・レイクについて勉強し始めました。私は彼について見つけ出せる事は何でもしました。そして、彼の娘と娘の夫がまだ生きている事が分かりました。それがウィルフォードとガートルード・レイドです。実際、彼らはある程度はミニストリーを続けていました。私は終に彼らを見つけました。それから7年間の間、彼らとコンタクトを取り続けました。その7年間、毎週月曜日に電話をかけました。私はテキサス州のダラスに住んでいて、彼らはワシントン州のケナワックに住んでいました。私は、毎回質問のリストを作ってから電話をかけました。
私は質問をし、彼はできるだけ質問に答えてくれました。それから次回までに一週間かけて、それらの答えが聖書に沿っているかを調べました。週末までには、新しい質問のリストが出来上がっていました。この様に7年間電話し続けると、毎月の電話料は4万円分にもなりました。私の妻はそれを気に入りませんでした。私は彼女に言いました。「いつの日か、これは報われる。何故なら、いつの日か私は病人に手を置いて、そして、彼らは癒される様になる。その為にはこれは価値がある事なんだ。」私がそうして学ぶにつれ、彼はジョン・G・レイクの下で訓練された人々の名前のリストをくれました。彼ら全てを捜しましたが、多くの人は亡くなっていました。それでも、まだ生きている人達もいました。私は彼ら全員に連絡を取り、ビデオやレコーダーや電話を使って彼らに質問をしました。レイクの娘、ガートルードは1986年の11月に亡くなりました。ウィルフォードも、もう長くは生きないと私は知っていました。彼は妻を恋い慕っていたからです。1987年の6月までに彼は亡くなりました。1986年の11月から1987年6月の間に、彼は全てのものを私に託しました。彼は私の証しについて尋ねました。私は不思議に思いましたが、自分に起こった事を彼に話しました。私は1959年の4月に生まれて、1960年の9月に車に引かれました。父は私を見ないまま、車でバックしながら私を引いてしまいました。父は私を引いた後に、私が車の下で倒れているのを見つけました。私は動いていなかったので、彼は私が死んだと思いました。私の右耳は、はげ落ちてしまいました。その傷を今でも見る事はできます。その事故で、私の左耳の周りの頭皮は完全に剥げ落ちました。顔の前の頭皮はまるでマスクのようにめくれました。未だに傷は残っています。私の祖父は私と私の耳を抱えてトラックに載せて、病院へ行きました。手術は6時間かかり、合計172針縫いました。私の頭はバスケットボールの様に張れ上りました。彼らが手術を行っている間に、医師は度々出て来て報告しました。初めに彼が出て来た時に言いました。「望みはありません。彼は亡くなるでしょう。手の施しようがありません。彼を埋葬する為の心の準備をして下さい。」私の母は祈り、神に言いました。「彼はあなたの子です。彼をあなたに捧げます。もし彼を生かしてくれるなら、あなたの為に育てます。」それから、1時間半程経って医師は出てきて言いました。「彼は生きれそうです。脳への損傷が酷いので一生植物状態になるでしょう。望みはありません。」彼が手術に戻って行き、母は祈りました。「神様、これではまだ十分ではありません。もし彼を生かすのなら、普通にして下さい。」それから、彼はまた戻って手術を続けました。また1時間半して、医師は来て言いました。私は普通に生きる事ができたとしても、右耳は聞こえないし髪の毛も生えてこないだろうと言いました。しかし、その両方とも外れました。その当時、私の両親はとても若く、私をすぐに学校には送りたがりませんでした。母は欽定訳の聖書を使って私に教えました。何年もの間、父は警察官で夜に働きました。彼女は寝る前に私に本を読まないで、逆に、彼女が寝るまで、私が聖書を読むようにさせました。母はその様にして私に読む事を教えてくれました。
私は冗談でよく言います。「私は7、8歳になってやっと、聖書で使われていた「汝」という単語が普段使われない事に気が付きました。」なので、子供の頃から、神は私の内に御言葉を蓄えていました。それによって、今では、時には自分では記憶した覚えもない聖書箇所を思い出す事ができます。私が車に引かれた日付は1960年の9月16日でした。私がウィルフォードにその証した時、それが何日かは知りませんでした。彼はそれが何日だったのか聞きました。私は言いました。「分かりません。」彼はその日にちを確かめるように言いました。私はそんな事誰も気にしないのにと思いました。母にその事故の日は何日だったかを聞くと、それは9月16日でした。それを聞いて、ウィルフォードは言いました。「そうだと思いました。」彼は言いました。「ジョン・G・レイクは1934年の5月24日にある預言をしました。」その預言は「彼の亡くなる日から25年後に、サタンはそのミニストリーを受け継ぐ人の命を奪おうとする」というものでした。レイク氏は1935年の9月16日に亡くなりました。それから25年後の1960年の9月16日に、サタンは私の命を奪おうとしました。それらは全て一致していました。ウィルフォードは言いました。「私達はあなたがその預言された人だと信じます。」私は彼の書いた手紙などを持っていますが、それにはこう書いてあります。「私達に連絡してきた全ての人達の中で、あなただけがどの様にミニストリーをするかについて聞きました。他の人達は、どの様にしてレイク氏の油注ぎを得る事が出来るのかを聞きましたが、あなたはミニストリーの本質を求めました。」彼は他にもレイク氏が言った事も検証して、私がその預言で示された人である事を確信しました。これがジョン・G・レイクのミニストリーが私達に渡された経緯です。ウィルフォードは私達に多くのレイク氏が持っていた手紙、文書、写真、日記、などをくれました。それらの幾つかを私達は初めて公に公開し始めました。彼がレイク氏から訓練を受けた人達のリストをくれた時に、それらのものをくれました。私は彼らに話を聞きました。1987年から1995年までの間、私は主に言いました。「私がレイク氏と同じ力と効果でミニストリーを行う事ができるようになるまで、ミニストリーは始めません。そうでないとミニストリーも絶えてしまいます。もし、私が彼と同じ結果を出す事ができないなら、ミニストリーを続けません。」何故なら、私はミニストリーを通して誰かの記念碑を建てて、レイク氏と同じ様な人生を歩もうとする事や、彼の過去の経験を通して生きたくはないからです。私の人生を通して神の御霊を働かせて下さい、私達はレイク氏と同じ結果を出す必要があります。そうでなければ、このミニストリーもすぐに衰えてしまいます。」神の御霊はどこでも、いつでも、どの様な状況下でも働きます。御霊が働く事ができる状況を私たちが準備する必要はありません。私の内にいる御霊は嵐の中でも、混乱の中でも、全てが悪い方向に向かっている中でも働きます。神の御霊が働く為に、毎回何か適切な条件は必要はありません。もし、病人が目の前にいるなら御霊は働きます。何故なら、神は彼らの事を気遣っているからです。私達がまだスポーケンにいる間に、私は他の女性とも話しました。
彼女は1995年の時点で90歳くらいでした。彼女は神癒技術者の息子と結婚していました。レイク氏によって次々と癒しの結果が出てきて、人々が祈ってもらう為に押し寄せてきたので、彼は病人を癒す人々を訓練する必要がありました。彼は「神の癒しのしるし」というタイトルの教えで訓練しました。それは単純に聖書に戻って、御言葉の通りを実行するだけの事でした。数年後に、私はパーハム氏に会いに行き、彼女と話しました。当時、彼女は90歳でした。私は他の全ての人達にも質問したのと同じ質問をしました。もし、同じ質問を沢山の人達にして、数人から同じ答えがでてくれば、それが真理である事が分かります。私はそれらの全ての質問をしましたが、彼女が質問に答えるのに面倒くさくなるまでに時間はかかりませんでした。彼女が私の質問にイライラしているのを見て取る事ができました。彼女は終に言いました。「あなたの質問はマニュアルがあれば全て答えられますよ。」私は言いました。「そう。ですけど、何処でそのマニュアルは手に入れる事ができるんですか?」彼女は言いました。「私は一つ持っています。」私は言いました。「本当ですか?読んでもいいですか?」彼女は言いました。「見てもいいし、読んでもいいですけど、私が死ぬまであなたにはあげません。」彼女は私とウィルフォードとガートルードとの関係の事を知っていました。私は言いました。「分かりました。」私はそのマニュアルを読んでメモを取らなければいけませんでした。彼女は1997年に亡くなるまでは、それを手放す事はしませんでした。そして、私達はマニュアルを手に入れました。私は驚かされました。それは、私が今まで学んで来たことを全く打ち壊しました。それについての全てが間違っていました。癒しが行われる方法も間違っていたし、癒しの為の前提も間違っていました。その時に、私は今まで学んできた事を全て捨てて、また一から癒しを学び直す決心をしました。レイク氏のマニュアルを勉強して、最初に私が変えた事は祈り方でした。神に向かって、癒してくれるように話すのを辞めて、病気や患いに向かって私達のして欲しい事を命令するようにしました。聖書には、特に新約聖書には、どこにも癒しの為に神に向かって話している例はありません。一つもないのです。私達には大きな責任がある事を、この神癒技術者訓練の教えから学ぶと思います。私達は、霊的領域において警察と兵士の合体したような者であるべきです。病気、わざわいや悪霊、神の知識に逆らって立つあらゆるものは、私たちの敵です。そして私達の仕事はそれらの犯罪者を見つけ出して、打ち壊す事です。私達はそれらの犯罪者を見過ごして、それらを大目に見て、はびこらせる事ではありません。私達の仕事はただそれらを打ち壊して、真理を語る事です。まず、私は祈り方を変えました。お願いする事から命令する事に変えました。それによって、瞬く間に癒しの成功率が上がりました。マニュアルを学びつつ、私のしていた事を変えて行きました。祈り方を変えた後に、私は信じている事を変えました。何故なら、祈った時に得る結果は、私達がその時に信じている事だからです。もし、ゆっくりとした癒しを信じているなら、段階的な癒しが起きるでしょう。しかし、瞬間的な癒しを信じるなら、瞬間的な癒しが起きるでしょう。
もう一つ私が変えた事は、私は他人の信仰を見る事でした。イエスは時には他人の信仰を認める事もありましたが、決してそれに頼る事はしませんでした。他の人が信仰がない時は、イエスは彼らの為に信仰を持ちました。私がその事について学んだのは、レイク氏の話しからです。ある日、松葉杖をついている男の人がレイク氏の所にやって来ました。彼は言いました。「私は忠実なカトリックで、私の宗教の悪口は何も聞きたくありません。私は癒しの為に人にも、医者にも、神にも信仰はありません。私を助ける為に何ができますか?」普通、この様な事を聞くと、大半のクリスチャンは言うでしょう。「私にできる事は何もありません。あなたは癒される為には自分の信仰を持つ必要があります。」それが一般的な教えです。でもレイク氏の教えは違いました。彼は笑って言いました。「大丈夫です。私は私達2人の為に信仰があります。」そして立ち上がり、その男の隣へ行き、彼と話し始めました。彼はこの時の出来事を思い返して、書き残しています。「私は彼の為には祈りませんでした。私はただ命の御霊が私から彼へと流れ出て、彼の内にある病気や患いを追い払わせました。」その男はレイク氏が、そっと松葉杖を取ってしまった事にも気が付きませんでした。その男としばらく世間話をした後、「では、良い一日を」 と言って握手をして別れました。その男は振り返って歩き去りました。彼は癒されて、松葉杖なしでも歩いている事にも気が付きませんでした。病気や患いは神からのものではありません。病気や患いは私達の教訓の為に与えられるものではありません。私達を良い人にする為に与えられるものではありません。それらは私達を滅ぼす為のものです。クリスチャンよりも、大半の医者の方が神の心に近い心を持っています。それは、彼らの仕事が病気や患いを根絶する事だからです。大半のクリスチャンは病気を受け入れ、神は病気を使って私達の為になる何かを教えようとしていると考えます。病気による苦しみは私達を良くする事はありません。ただ病気や患いがそこにあるという証拠があるだけです。私達がプレッシャーを受ける時に、私達の内にあるものが表に出てきます。敵の攻撃に、どれだけ我慢して苦しみ続けられるかを見せる事によって、指揮官に栄光をもたらす兵士などいません。兵士は敵を征服する事によって指揮官に栄光を帰します。私達の仕事は敵を征服する事です。神に病気や患いの下で、どれだけ苦しみ続けられるかを見せる事ではありません。私達の困難や苦しみは病気であるべきではないのです。私達の経験する苦しみや困難は、福音を宣べ伝える事を選択する時に経験するものです。パウロはコリントの人達へこう言いました。「私は川の難、海上の難、偽兄弟の難、や盗賊の難に会いました。私は断食もしたし、むちでも打たれたし、殴られもしました」と言いました。これらの全ての困難は使徒として、神からの務めを受けて福音を宣べ伝える者である事を証明するものでした。パウロは「私の新しい車を見て下さい。神が私をどれだけ祝福しているか見て下さい。私の新しい家を見て下さい。私の新しいジェットスキーを見て下さい」とは言わないでしょう。私は、人々がこの様に言うのを聞いた事があります。「私は神が新しいジェットスキーを与えてくれると信じます。」
私は彼に言いました。「あなたがそのジェットスキーを火の海でも使える事を願います。恐らくそのジェットスキーの為の欲が導く所は火の海なので。」 私は、休暇には何をしますかとよく聞かれます。私の休暇は神の言葉を読むか、病人を癒す事です。私は休暇を取りません。何故なら、病気や患いは休暇を取らないからです。大半のクリスチャンはクリスマスの時期に2週間休みを取り、色々飾ったりして楽しみます。しかしその2週間の間にも、癌は人々の体をむしばみ続けます。クリスマスの後に戻ってくると、2週間不在の間に癌はその人の体を蝕んでいるので、本当に神に対して真剣になる必要あります。しかし、その病人はもう瀕死の状態です。皆さんが理解するべきもう一つの事は、私たちの教えが単なる癒しのセミナーではない事です。これは生きるか死ぬかについてです。人々の生と死は私達がこれから学ぶ事とによって左右されます。一度あなたが手を置いた人は、死ななくても済み、手を置かなかった人は死ぬという事を本当に理解した時、自分の手を今までとは違った視点で見ると思います。そうしたら、もう油注ぎについて話す事はなくなり、むしろ神にこう言うでしょう。「神様、あなたが私をもっと用いる事ができると見せて下さい。私の邪魔をしている罪を見せて下さい。私がもっと早く競争を走る為に、その罪を見せて下さい。それらを取り除きます。今何が一番重要なのかを見せて下さい。」 今日の教会が持っている小細工は長くは持ちません。新しい流行が来ると、それらは廃れて人々は新しい流行に移ります。その繰り返しです。多くの人がその様に考えます。多くの教会は新しい本や、流行を追い求めています。私はいつもその様な人々にこう言います。「大半の教会は神の御霊ではなく出版会社に導かれています。」何か新しい本が出てくると教会はそれに飛び乗りますが、それが流行るのは次の流行がやって来るまでです。もしあなたが癒しをこう考えているなら、時間を全く無駄にしています。何故なら癒しは生きるか、死ぬかについてだからです。癒しは新しい流行ではありません。何か聞こえの良いものではありません。癒しは手品の様なものではありません。癒しは指を鳴らすだけで起こるものでもありません。あなたが有名になるという為ではありません。癒しを行っていくとは、こういう事です。例えば、朝の2時や3時に電話がかかって、最初の10分はその人をなだめます。彼らは泣き叫んでいるからです。彼らの赤ちゃんが突然死にかけているか、死んだからです。過去の10年間で、恐らく私の睡眠時間は合計30日以下です。私の電話は四六時中、鳴るようになっています。もし、誰かが非常時の番号に電話をかけて緊急時ボタンを押すと、私の電話にかかるようになっています。それは私が決めた事でした。私の電話番号はいつも電話帳に載っています。私は集会に行って、誰かが、「私は墓を作らなければなりませんでした。それはあなたに連絡を取る事ができなかったからです」と言うのは聞きたくないと決心したからです。私はその様な経験がどの様なものかを知っています。それは私も同じような経験をしたからです。私はいつでも皆が私にコンタクトが取れるように決心しました。誰かが私の所に来た時には、私は隠れる事はしません。
誰かが私を急に連れて行くからと言って、私の油注ぎをいちいち増す努力をする必要なんかありません。油注ぎはそんなものではありません。実際には、同じ興味を持っている人達と一緒にいる事により私は建て上げられます。神の言葉を話せば話す程、私は強くなります。私が彼らの周りにいて、彼らが私達に質問をすればする程、私は強くなります。私はすり減りません。私はよく考えました。「主よ。もし私が彼と5分間話して、質問を2つする事ができるなら、もっと早く成長する事ができるのに。」集会に座って、私は神に誓いを立てました。「神様、もし私があの様な人の立場に立つなら、誰でも私に質問できるようにします。」私はよく誰かの為に祈ったり、誰かからの電話を取る為に出て行かなければいけない時もありますが、基本的にはいつも連絡が取れるようにしています。もし私と話したいなら話せます。今から、私の教えようとしている事は、恐らく、今まで聞いた教えとは完全に違うものだと思いますが、私達のしている癒しは現実です。私達のする事は、もし聖書に沿っているなら、いつも、どこでも働く必要があります。そうでないなら、それは福音ではありません。今日の教会の癒しの教えでは、人々の過去の罪などを扱わないといけないと言います。彼らは私達の世代の呪いの源を見つけようとします。どうやってこんな悪魔の教えが入り込んだんでしょうか?その為には歴史を学ぶ必要があります。私達クリスチャンには世代の呪いは当てはまりません。私達の世代はイエス・キリストだけです。全てのクリスチャンが抱える問題は2つの事が原因です。彼らは新しい契約による特権を知らないか、彼らは新生の特権にあって歩んでいないかです。全ての問題がそれらに起因します。私の地上の父親は酒飲みでした。私が小さい時には、彼は酒をよく飲んでいました。私は酒が人に何をするかを見てきたので、9歳の時にアルコール飲料には触らないと誓いました。それ以来、一度も触れていません。一度もタバコを吸った事はありません。ドラッグもした事もありません。でもそれ以外の罪は犯したので、別に良い子であった訳ではありません。ただ、私は神に誓いを立てて、それを破る事はしませんでした。世代の呪いの教えによると、私だけが一人の子供なので、父親の呪いは私に継がれるはずです。でも酒を一度も飲みませんでした。私の世代はイエスだけです。そして、彼には呪いなんてありません。むしろ、彼は私が祝福を受取れるようになる為に呪いになってくれました。私には世代の呪いではなく、世代の祝福があります。インドに行ったら世代の呪いを扱う事はできません。彼らの世代の呪いを捜すなら、それはずっと昔に遡るでしょう。彼らは偽りの神や偶像などに仕えてきました。もし私達が彼らの所へ行くなら、一人一人の過去を穿り出している時間なんてありません。私達の仕事は捕らわれ人を自由にする事であり、他人の欠点を指摘する事ではありません。私達は彼らを裁く者になる事ではなく、彼らを解放する者になる事です。これは単純な事です。兵士になるだけです。兵士は、誰を自由にして誰をしないかは選びません。実は、自由になれるという資格は誰もありません。しかし、イエス・キリストのおかげで私達は自由になれます。癒しは戦いです。今私達がする事はサタンのしわざを見つけ出し、打ち壊す事です。
彼らを追い出し、打ち負かす事です。その為には今私達は愚かな考えを全て捨て去る必要があります。愚かな考えとは「聖書はそう言っていますが、でも...」という様なものです。私が一番良く聞く事は「そうだけど、でも...」という言葉です。神の力を止めるものは何もありません。もし罪が神の力を止める事ができるなら、私達は救われていません。何故なら、まだ私達が罪の中にあった時に神は私達を救ったからです。私達は聖書については何も知りませんでした。多くの人は、救われた後は悪魔を打ち破る為に聖書に書いてある全ての事を知らなければいけないと考えます。病の霊や病気、患いを打ち負かす為に、神学を完璧に学ぶ必要があると考えます。私は言いますが、「私達に必要な事は、敵が諦めるまで諦めないという堅い決心です。」その様な根性を身につけたら、癒しは働きます。その様な根気で歩むなら、敵は私達がその場に着く前に逃げ去ります。敵はその様な人と関わりたくありません。何故でしょうか?それは、彼らにはその様な時間は無いからです。敵にとっては、クリスチャンが「この病気は私のとげです。私の背負うべき十字架です」と言う様な人の所へ行った方が楽だからです。しかし、イエスが病気の為に十字架にかかりました。私達の背負うべき十字架は人々を解放していく責任です。もしミニストリーをしていくなら、私の言っている事が真実であると分かるはずです。