1. 神の愛の律法と旧約・新約の教え
カリーは、律法の本質が「愛」にあることを説明しています。イエスが「心・精神・魂・力の限り神を愛し、隣人を自分のように愛しなさい」とまとめた通り、新約における律法の要は「何をすべきか(愛の実行)」にあります。
「私たちはキリストの中に隠されているか、そうでないかのどちらかです。キリストの中に隠されているなら、自分の業(自分の思いによる行い)をやめ、そこから休むことになります。それは何もしないという意味ではなく、自分の業ではなく『彼の業を行う』ということです。」
2. サタンの告発に対する「神との同じストーリー」
過ちや罪を犯した際、サタン(悪魔)が告発してくるときにどう対処すべきか、警察の尋問(容疑者を別々に隔離して矛盾をつく手法)に例えてユニークに解説しています。神と自分が同じ「赦されたストーリー(神の言葉)」を共有していれば、サタンには何も言い分がなくなります。
「やるべきことは、神の書かれたストーリーを知り、それに固執することだけです。神と同じストーリーを持ってブレなければ、悪魔は神から証言を引き出すことができません。悪魔が「あの時罪を犯しただろう」と言い寄ってきたら、「何の話しだか分からない。神に直接聞いてくれ」と言えばいいのです。」
3. 「知る」ことと「実践する(理解する)」ことの違い
聖書の知識をただ暗記しているだけでは不十分であり、実際の経験を通して「理解」し、自分の足で歩み出すことの重要性が説かれています。
「聖書を知って暗記することはできますが、実際に歩み行う(実践する)レベルまで理解されなければなりません。それを実行して初めて本当に理解したことになります。大切なのは『知識』ではなく『理解』なのです。」
4. 映像による視覚化と信仰の実践
カリーの体験として、過去に信仰者たちの癒やしのビデオを何時間も繰り返し見つめ、「自分が実際にそのミニストリーを行っている姿」を徹底的に視覚化(イメージ)したことが、初めてのミニストリーでの奇跡的な実践につながったと語られています。
「10回も繰り返し見ているうちに、車椅子から人を立ち上がらせているのは(映像の中の)アランではなく、自分自身になっていました。私は自分がそれをやっている姿を心に描いていたのです。それこそが私たちが今やるべきことです。」
5. 思考の一新と夜の瞑想
詩篇などを引用し、日夜絶えず神の言葉を口ずさみ、思いを巡らす(瞑想する)ことの重要性が強調されます。
「これらのことに心を注ぎ、いつもそれに専念しなさい。そうすれば、あなたの進歩がすべての人に明らかになるでしょう。」
夜眠る前には神の言葉や約束(告白)に思いを馳せ、朝は目覚ましで慌ただしく起きるのではなく、静かに神に心を向け、神が語りかける言葉に耳を傾けるべきであると結ばれています。
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