1. ネガティブな体験や「証し」の語り方と量子力学の原則
カリーは、過去の苦難やマイナスの体験を人に話すときの「意図」がどれほど結果を左右するかを説いています。教会などで「自分がどれほどみじめだったか」を競い合うように悲惨な話を語る人がいますが、それでは当時の感情や恐れを再び呼び起こし、ネガティブな脳の回路(枝分かれ)を自ら強化してしまうと警告しています。
一方で、神が自分をどのように引き上げてくれたかという「勝利の視点」から語るならば、それはポジティブな信仰を強めるものになると説明しています。ここには、量子力学の「自分が向ける意識や期待の通りに現実が現れる」という原則が深く関わっています。
2. 人間の身体の主権と「肉の腕」への依存
カリーは、人間の身体は高価な代価(イエスの十字架の血)を払って買い取られたものであり、自分の勝手にしてよい所有物ではないと厳しく主張します。
聖書における「肉の腕」とは、神の力を頼らず、人間のシステム(精神医学、病院、薬、銀行など)に依存することであると定義しています。
世の仕組みは一時的な助けにはなっても限界があり、いつか必ず行き詰まると指摘しています。真の供給者である神に目を向けるべきであると説いています。
3. 脳波の周波数と、聖書的な瞑想の真の意味
聖書が命じている「瞑想」と、東洋哲学やニューエイジの「思考を空っぽにする瞑想」の違いを明確に分けて解説しています。
聖書的な瞑想とは、神の御言葉の約束に完全に集中し、思いを巡らすことであり、それが神との交わりへ入るための最短ルートであると述べています。
人間は脳波の周波数(分析的な状態から直感的な状態まで)を切り替えることが可能であり、神との交わりは分析ではなく、完全にリラックスした直感的な脳の状態で深まっていくと語っています。
4. 神との交わりと、最大の失敗原因である「雑念」
カリーは、自身が朝目覚める直前に体験した、まるで「エデンの園で神と共に歩むような深い交わり」について感動的に語っています。
神との交わりの中では、求めずとも必要なものがその場に現れるような、霊的なリアリティの次元が確かに存在すると述べています。
しかし、人間が神の力や御言葉の働きを経験できない最大の理由は、複雑な世の仕組みや日々の悩み、富の誘惑といった「雑念・思い煩い」に心を奪われてしまうからであると強く強調しています。
「もしあなたがそれを見つめ、泣きながら語るなら、あなたはネガティブなものを強化していることになります。しかし、神があなたを引き上げてくださった「勝利のポジション」からそれを振り返り、語るならば、それこそが、あなたがそこに込めるべき意図なのです。」
「あなたの身体は代価を払って買い取られたものです。イエスがあなたの身体の代価を支払って下さいました。あなたには、イエスが「してもよい」と言ったこと以外を行う権利はありません。」
「量子力学において、物事は「自分がそれを期待し、探し求めている場所」に現れます。期待とは何でしょうか?
それこそが信仰です。」
「もしあなたが、神の御言葉の真実性を悪魔(現実の症状や状況)が証明してくれるのを待とうものなら、あなたはいつまで経っても待つ羽目になるでしょう。」
「御言葉が働かないことの最大の原因は何でしょうか? それはこの世の煩いです。「煩い」という言葉の正体は、「雑念・気の散り」なのです。」
「あなたがこれから必要とするもので、神がすでに与え、あなたの口座に預け入れていないものは一つもありません。そのカードには「イエスの名」が刻まれているのです。」
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